
2500年前の兵法書が、いまの日中関係をピタリと言い当てている。
古代中国の兵法書『六韜(りくとう)』に、こんな一節がある。
「隣国の使者が有能であれば冷遇せよ。無能であれば厚遇し、土産を持たせて帰せ」
手ぶらで帰った有能な使者は自国で「役立たず」とそしられ、失脚する。大量の土産を抱えて帰った無能な使者は「できる人物」と勘違いされ、出世する。
これを繰り返すと、やがて敵国は無能な指導者ばかりになり、自ら崩れていく。なんとも冷徹な心理戦略。そしていま、まさにこの構図が日本の目の前で展開されている。
冷遇された茂木外相 厚遇された岩屋前外相
2026年7月、フィリピンで開かれたASEAN関連外相会議の場で、茂木敏充外務大臣は中国の王毅外相と短時間の会話を交わした。日本側は「二国間関係について話をした」と発表。高市早苗総理の台湾有事発言以降、日中の外相接触はこれが初めてだった。
ところが、中国側の反応は冷淡そのもの。中国外務省の報道官はこう言い放った。
「やりとりは一切なし」
日本の現職外務大臣との会話そのものを、なかったことにした。これは外交における明確な「冷遇」。相手国の正規の外交チャンネルを完全に無視するという、強烈なメッセージだった。
一方、2026年9月末、岩屋毅前外務大臣が日本国際貿易促進協会(国貿促)の会長として北京を訪問した。すると中国側の対応は一変する。
28日に王毅外相と会談、29日には何立峰副首相と人民大会堂で会談。習近平政権の指導部クラスが2日連続で面会するという、異例中の異例の厚遇ぶり。
ここで冷静に考えてほしい。
岩屋毅は、いま「ただの一議員」。政府の代表でもなければ、外交権限もない。なのに中国は、現職大臣をあしらい、元大臣の民間訪問にはレッドカーペットを敷いた。
これ、まるきり『六韜』の教え通りではないか。
王毅は会談の席で、前会長の故・河野洋平元衆院議長を持ち上げた。「良識ある政治家」「軍国主義の罪責を反省する勇気を持った人物」と、これでもかと褒めちぎった。
なぜか?
河野洋平的な立場、つまり中国に融和的な人物こそ「正しい日本の政治家」だと規定するためだ。岩屋氏もそれに応じるかのように「河野前会長の遺志を受け継ぐ」と述べている。
まるで台本があったかのようなやりとり。見事に、中国のシナリオに乗っている。
「撤回」から「是正」へ 焦りの色がにじむ中国
そもそも、高市総理が「台湾有事は日本の存亡危機事態になりうる」と答弁して以降、中国は猛烈に反発してきた。駐日大使を通じた抗議、赴日旅行の制限、レアアース輸出の手続き遅延。そして当初の要求は、発言の「撤回」だった。
しかし高市総理は撤回を明確に拒否。「撤回するつもりはない」と国会で何度も明言してきた。中国にとって、これは想定外だったはず。
そして9月末の岩屋氏との会談で、王毅が使った表現は「撤回」ではなく「是正」。微妙だけれど、明らかにトーンダウンしている。
「なかったことにしろ」から「直してくれ」へ。この表現の変化こそ、中国側の焦りを物語っている。
正規の外交チャンネルでは日本に圧力をかけられない。現職大臣には冷遇で威圧しても効果がない。
だから、中国に都合のよいことを言ってくれそうな元大臣を厚遇し、「日本国内の声」として利用する。まさに古典的な統一戦線工作。
何立峰副首相は会談の冒頭で、こう述べた。
「一部の日本の政治家が軍国主義をよみがえらせ、台湾問題で中国のレッドラインに触れた」
これ、岩屋氏の目の前で日本の現職総理を批判している。国貿促の会長として訪中した人物に対して、自国の総理への批判を聞かせる。普通なら抗議して席を立つ場面。
ところが岩屋氏は「経済交流について中国側は前向きだと受け止めた」と笑顔でコメントした。
外務省幹部の声が、すべてを物語っている。
「日本政府がしっかりパイプを持って対話をやれていないのも現実だ。これで関係が良くなればよいが、メッセージを見る限り、それもないでしょう」
つまり、政府内部ですら、この訪中に実質的な成果はないと見ている。
ガキの使いにもならないどころか、むしろマイナス。
中国に「日本国内には、高市路線に反対する有力政治家がいる」というメッセージを与えてしまっただけ。日本政府の外交的立場を強めるどころか、足を引っ張っている。
本当に日中関係を改善したいなら、対等な立場で、正規の外交ルートを通じて交渉すべき。元大臣が民間団体の看板で訪中し、中国側の主張をうなずいて持ち帰る構図は、外交とは呼べない。それは「お使い」ですらなく、中国の対日世論工作の道具にされているだけ。
『六韜』の時代から2500年。人間の心理を突いた戦略は、驚くほど変わらない。
有能な使者は冷たくあしらい、都合のいい使者には盛大にもてなす。
いま日本に必要なのは、この古典的な罠に気づく冷静な目。そして、毅然とした態度で台湾海峡の平和と安定を守り抜く覚悟。
岩屋氏が持ち帰った「前向きな雰囲気」なるものに、わたしたちは決してだまされてはいけない。
王毅氏は「歴史問題で正しい態度を取れないなら未来を語れない」と日本側に要求。
一方、岩屋氏は「河野洋平氏の遺志を継ぎ、日中関係改善に尽力する」と表明。
岩屋氏は何しに中国へ行ってるのか。
拘束中の日本人の早期解放、尖閣周辺で繰り返される中国側の活動。… pic.twitter.com/nUJyFvgQtX
— 三木慎一郎 (@S10408978) September 28, 2026

