1978年のお話です。
自分が記憶している中では、巨人のはじめてのドラフトインチキ事件だと思います。
桑田真澄の「大学イクイク詐欺ドラフト事件」も酷かった。巨人のインチキのおかげで、桑田と清原にダーティーなイメージが付いたのは本当にかわいそうだった。
他にも悪いことは、いろいろありますが、なんせ巨人は「球界の盟主」ですからね。髭を禁止すればいいという話ではないような気がします。
近年新しいところでは、3人ぐらい野球賭博で名前が上がっていましたね。原監督の反社会勢力に1億円払ったの遠い昔の話ではありません。
そうそう、どすこい山口も暴力事件を起こしてました。カープ(他球団もやっていた)の試合前の円陣声出し1000円なんてかわいいものです。
江川事件の週刊ポストの記事です。
阪神ファンは対巨人となると、がぜんライバル心をむき出しにして応援する。伝統の一戦というだけでなく、1978年の「江川事件」における、巨人軍フロントのごう慢な態度への不満がくすぶり続けているからだとも言われる。
1978年11月21日、「空白の1日」を利用して江川卓を獲得した巨人のルール破りに抗議する形で、翌22日のプロ野球ドラフト会議では4球団が江川を1位で強行指名した。抽選で阪神が交渉権を獲得したものの、正当性を主張する巨人と真っ向から対立。巨人が新リーグ結成をチラつかせるなど球界を揺るがす大事件に発展した。
年末のプロ野球実行委員会では、最善策として「阪神と契約後、キャンプインまでに巨人へトレード」が提言された。阪神は「交換相手が王貞治でもNO」と反発を続けたが、すったもんだの末にトレードが成立。小林繁に白羽の矢が立った。小林は1月31日、宮崎キャンプへ向かおうとした羽田空港で急遽ハイヤーに乗せられ、巨人の球団事務所でトレードを伝えられた。
「阪神は西本聖を指名して水面下で交渉していたが巨人が拒否。発表3日前に小林で決着がついていた。ギリギリまでズレ込んだのは小林がなかなか捕まらなかったから」(デイリースポーツ元編集局長・平井隆司氏)
小林は阪神移籍1年目に巨人戦8連勝を含め22勝を挙げ、沢村賞にも輝いた。小林の活躍がなければ阪神ファンの怒りは収まらなかっただろう。
プロ野球オールドファンは?
阪神ファンは怒りなんてない。小林は阪神に行って 文句言わず活躍した事で全国に彼に好感を持つファンが増えた。
巨人にいても活躍はしただろうけど あまり野球ファンには 印象に残る選手には なってなかったと思う。
当時の西本の実績から考えて、この話はかなり眉唾物である。同期のドラ1ながらパッとしない定岡から江川へとライバル意識を転ずることで、西本はエース格にのし上がったのだから。阪神にしても確実に15勝は計算出来る小林を指名するのが当然だったろうし。まあ40年以上昔の出来事だから…。
それって江川と小林の間では長い間では阪神が小林を江川の代わりに要求したのかと思ってた。
実際には西本だったんだぁ。
小林は亡くなっているけど、当の本人達はこの話を知らなかったんじゃないかな?
まさか西本の代わりだったとは。
でもこの話しは江川が悪いのではなく、巨人と作新の理事長の船田議員の密約ですよね。
あの頃の小林繁さんはカッコよかったです!
独特のサイドスローで投げる姿は本当にカッコよかった!
若手時代の明石家さんまさんも、小林繁さんの形態模写を得意としていましたね。
江川は高校出てすぐプロに入ってたら200勝してたと思う。
大学4年間で肩を消耗したのと、手抜きを覚えたので投手寿命を縮めた。
高校3年春の甲子園デビューは衝撃だった。
まさに才能のかたまりだったように思う。
対し、小林も西本も努力の人。
二人とも江川に対する反骨心だけで努力し成長したように思う。
新聞屋の横暴がまかり通った時代。
コミッショナーもグルになってた。
その新聞屋が今も「球界の盟主」をうたっているが、時代錯誤もはなはだしい。
日本シリーズの結果を受けてDH制に言及した原さんも、結局は球界全体のことを考えてのことというよりも巨人に少しでもプラスになるという立ち位置でモノを言っている感じがするもんね。
球界の盟主ではなくて本音としては専制君主でありたい、いまだに時代錯誤な感覚をどこか引きずっているように思える。
江川が監督になれない要因のひとつでしょう、必ず蒸し返されますから、事件を知らない世代がどう思うか、巨人も蓋をしときたいんでしょう、それくらい醜い事件だった。
俄かには信じられない。当時は小林がエース格だったはず。西本が覚醒するのは江川入団でライバル意識を燃やしてと記憶している。あれだけ騒ぎになったのは、スーパールーキーとは言え、見返りがエースだったからのはず。だから阪神も商売が上手いねと言われた。西本なら、そこまで騒ぎになっていないだろう。これが事実なら、西本を将来を見越した(恐らく)コーチが凄いとしか。
讀賣の数々の汚点の中でも一番酷いレベルの事件ではある
桑田の件も酷いと思ったけどね
小林が讀賣に強かったんも小林の意地だったのだろう
それで阪神の西本の指名を拒否って好き勝手しすぎだよな
結果OKだったけど
ちなみにこれよりもずっと前から阪神ファンは巨人を敵対視していたのでこれが原因ではありませんよ
幾つかの雑誌だと、最初要求されたのが新浦さんでその次に西本さんと書かれていました。
西本さん自身は最近のインタビューで球団幹部から角さんとセットで阪神から希望されるも、長嶋監督が此れからのチームの核は出せないと駄目出ししたと聞かされたそうです。
それでもよく小林さんを出せたとは思いますが。
以前、西本さん、角さん、定岡さんの3人が出てるトーク番組をyou tubeで拝見しました。その中で、この事を話されてました。
阪神は、若手の有望株で初めて西本さんと角さんを希望したそうですが、巨人から二人はダメみたいな事を言われので、エースの小林さんを指名したそうだす。
江川さんも、最初話では金銭トレードと聞いていて、小林さんとの交換トレードと知らされて、驚いたそうです。当時、悪者だった江川さんも、被害者だったと言えます。
前年のドラフト会議。当時は現在と制度が異なり、シーズン順位下位から予備抽選を行い、その後指名順位を決める本抽選が行われ、読売は2番くじを引き当て、1番くじは当時福岡にあったクラウンライターライオンズ(現西武)が引き当てた。財政状況の逼迫していたクラウンに読売は江川指名を見送ってくれたら、西本聖プラス金銭を譲渡すると持ちかけたが、クラウンは拒否し、江川指名に至った。年齢的に小林より若く、伸び代の期待できた西本を阪神が狙ったのは当然だろう。