
まさか、こんな開幕戦が待っているなんて誰が想像できただろうか…
3月27日、金曜日の夜。マツダスタジアムに詰めかけた32,506人の鯉党は
4時間14分の激闘の果てに30年分の記憶を塗り替える瞬間を目撃することになる。
2026年のカープは、とんでもない幕開けを用意していた。
新井監督体制4年目。過去3年開幕戦はすべて黒星に沈んできた。
ことしこそは――その祈りにも似た感情を胸に抱えながら
スタンドの赤は春の冷気のなかでじわじわと熱を帯びていく。
相手は中日。絶好調のカリステ、長打力のある細川を擁する打線は不気味で
先発の柳も開幕にぶつけてくる以上、簡単には崩れない。
平均年齢26.6歳という若いオーダーでこの一戦にどう挑むのか。
期待と不安がまるで開幕前夜の寝返りのように何度もひっくり返っていた。
床田が歯を食いしばった97球の開幕マウンド
プロ10年目にして初めて開幕のマウンドに立った床田。その立ち上がりは、正直に言えば、ひやひやものだった。初回、1アウトから3連打を浴びてノーアウト満塁のピンチを招く。マツダスタジアムが一瞬、息を呑んだ。だけど、ここで福永を空振り三振、サノーをライトフライに仕留める。この2つのアウトに、開幕投手としての意地がにじんでいた。
2回、先頭の石伊に右中間へ運ばれ、続く村松にはレフト方向へ痛烈なタイムリースリーベース。ズドンと突き刺さるような打球音がスタンドに響いた瞬間、スコアボードに「0-1」の数字が灯る。さらにカリステにもセンター前に弾き返され、0-2。
序盤からビハインドを背負う苦しい展開になった。でもね、床田はそこから崩れなかった。3回以降も毎回のように走者を背負いながら、ぎりぎりの投球で得点を許さない。
汗を拭い、ロジンバッグを握り直し、坂倉の構えたミットめがけてスッと腕を振る。粘りの投球とはまさにこのこと。5回9安打2失点、97球。数字だけ見れば苦しいが、試合を壊さなかった左腕の仕事は、のちの大逆転の土台になっていく。
5回裏、ようやくカープ打線に光が差す。代打で登場した秋山がレフトの頭上を越える鮮やかなスリーベースで出塁すると、1番・平川のセカンドゴロの間に秋山が生還。1-2。たった1点、されど1点。マツダスタジアムのボルテージが、ほんの少しだけ上がったのを肌で感じた。
6回以降は両チームともリリーフ陣が登板し、スコアボードにゼロが並ぶ。カープは齊藤汰、中﨑、ハーンとつないでいく。ドラフト2位ルーキーの齊藤汰が堂々たるプロデビューを飾り、ベテラン中﨑が貫禄の投球を見せる。1-2のまま、試合は終盤へ。
あと3つのアウトで、また開幕戦の敗北が刻まれるのか――そんな嫌な予感が、じわりと胸を締めつけていた。
9回裏 4点差から這い上がった者たちの叫び
ところが、物語は想像もしない方向へ転がっていく。
9回表、5番手の赤木がつかまった。ノーアウト1、3塁から福永にライトへタイムリーを打たれ1-3。さらに満塁とされ、石伊にセンターへ2点タイムリー。1-5。4点差。マツダスタジアムに重たい空気が垂れ込めた。開幕戦の4年連続黒星が、いよいよ現実味を帯びてくる。正直なところ、心のどこかで「きょうは厳しいか」という声が聞こえていた。
だけど、カープの9回裏は違った。
連打と四球で1アウト満塁の好機を作ると、代打に送られたのはモンテロ。中日のマウンドにはアブレウ。
初球のボールのあと、2球目をモンテロがパシッとセンター前に弾き返す。2者が生還し、3-5。まだ2点差。
スタンドが揺れ始めた。モンテロに代走・大盛が送られ
打席には1番・平川。ドラフト1位ルーキーが開幕戦の土壇場で打席に立っている。
カウントは3ボール0ストライク。ここで振れるかどうかが、並の新人かそうでないかの分かれ道だったはずだ。平川は振った。レフト線にぐわっと伸びていく打球。落ちた。2点タイムリーツーベース。5-5、同点。マツダスタジアムが、文字どおり爆発した。
「打席に入る前に泰さんと秋山さんにバット持ってもらったんで。打てるぞって思って打ちました」。試合後、平川は屈託なくそう振り返っている。3ボールから振りにいったあの覚悟を、新井監督は「並の新人ではないですよね」と評した。
そして延長10回裏。先頭の佐々木が四球を選び、渾身のガッツポーズ。この姿にベンチが沸いた。菊池が送りバントを決め、1アウト2塁。坂倉は申告敬遠で1、2塁。打順は8番、勝田。ドラフト3位ルーキー、ここまで4打席ノーヒット。
だけど、この男は代打を送られる不安など微塵も感じていなかったという。カウント1ボール0ストライクからの2球目。勝田のバットが一閃し、打球はライト線を痛烈に破った。2塁走者が三塁を蹴ってホームへ突っ込む。6-5。サヨナラ。プロ初安打が、開幕戦のサヨナラ打。こんな脚本どんな名脚本家でも書けやしない。
「チャンスで2回凡退してしまっていたので、三度目の正直ということで。気合入れて打席に立ちました」。勝田はそう語ったあと、少し照れたように続けた。「夢かなと思ってます。本当に、まさか、あそこで打つと思わなかった」。
坂倉と抱き合い、チームメイトに揉みくちゃにされる勝田の姿を見てそっと息を吐いた。ふう、とんでもない試合だった。
4時間14分。長かった。けれど、あの瞬間の歓喜を知ってしまったら、この試合が1分でも短かったらよかったとは思えない。お立ち台に並んだ2人のルーキーの姿が、やけにまぶしく映った。勝田の「うれしいで~す」も、平川の「サイコーで~す」も、飾り気のない言葉だからこそ、胸の奥にすとんと落ちてくる。
勝田がサヨナラ打の感想を聞かれたとき、平川は「ニヤニヤしちゃいました」と笑った。この空気感こそが、新しいカープの色なのだと思う。
新井監督は試合後、こう語っている。「最高の形で2026年のスタートが切れた」。そしてこうも言った。「ちょっと抑えられなかったというか、喜びすぎて頭痛くなっちゃった。本当に頭痛い」。監督の頭痛すら、きょうばかりは勲章に見える。
開幕戦のサヨナラ勝利は、球団では1996年以来30年ぶり。あの年に生まれた子どもがいま社会人として赤いユニフォームに袖を通しているかもしれない。
30年という歳月の重さと、それを軽々と飛び越えてみせた22歳の一振り。
新井監督が就任4年目で初めて手にした開幕白星は、若鯉たちの勇気によってもたらされたものだった。
床田の粘投があり、秋山のスリーベースがあり、モンテロの一打があり、平川の勇気があり、佐々木のガッツポーズがあり、菊池のバントがあった。
そのすべてがつながって、最後に勝田のバットに集約された。一人の力ではない。だけど、最後の一振りには、チームのすべてが詰まっていた。
2026年のカープは、こうやって始まった。
あしたもまた、マツダスタジアムに灯りがともる。あの赤いスタンドのどこかで、きょうの余韻をかみしめながらまた新しいストーリーを待つことになるのだろう。
こんな開幕をくれたチームを、嫌いになれるわけがない。
試合スタッツまとめ
– 日時:2026年3月27日(金)18:00
– 対戦相手:中日ドラゴンズ(セ・リーグ開幕1回戦)
– 最終スコア:カープ 6x – 5 中日(延長10回サヨナラ)
– 先発投手(カープ):床田寛樹 5回 9安打 2失点 97球
– 先発投手(中日):柳裕也
– 本塁打:なし
– 勝利投手:森浦(1勝0敗0S)/敗戦投手:勝野(0勝1敗0S)/セーブ:なし
– ヒーロー:勝田成(5打数1安打1打点 ※プロ初安打がサヨナラ打)、平川蓮(同点2点タイムリー2ベース ※プロ初安打)
– 順位(試合後):セ・リーグ1位タイ(1勝0敗、巨人・ヤクルトと同率)
– 観客数:32,506人/試合時間:4時間14分


